- 自分の仕事の目的をキチンと把握させること。
- 自分のやった仕事が、その目的に対して、どれだけの寄与、貢献があるかを自覚させること。
- 部下のなしとげた仕事に対して正当な評価が行われること。
部下にしても間違っているときには、「キチンと叱ってほしい」と思っている。ところか心ないリーダーは。この「叱る」と「怒る」の区別がつかない。叱るというのは、相手に潜んでいる能力を引き出す呼び水のようなものだ。だから、相手に対する愛情が前提になる。
相手に潜んでいる能力を引き出すということは、「部下の自主性を尊重し仕事をまかせる」ということだ。しかし、まかせっぱなしではだめだ。リーダーはよく、「失敗を恐れずに、思いきって仕事をしてほしい。何か起こったときは私が責任を負う」という。
言葉は美しい。しかし今の世の中を見ていると、ほんとうにこの言葉どおり責任を全うするリーダーが少ない。部下の自主性を尊重するということは、そのまま部下のやったことに対する全面的責任を、勇気をもって負うという覚悟がなければならない。
戦国時代、豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎と名乗っていた頃の話である。かれは、諸国を放浪した後に、尾張(愛知県)の織田信長に仕えた。あるとき、台風で清洲城の石垣が壊れた。戦国は危機連続の時代なので、これを聞きつけた敵がいつ襲ってくるかわからない。石垣の復旧は急がなければならない。信長は工事奉行に、「すぐ修理せよ」と命じた。ところが、幾日たっても石垣は直らない。働く人間たちは、ぶつくさ文句をいっているだけでいい加減な仕事をしている。
信長は苛立って工事奉行を呼び、質した。「なぜ、石垣の復旧にこんなに時間がかかるのだ?」工事奉行は答えた。「いくら叱っても、働く人間がいうことをきかないのです。あいつらは怠け者です。全員取り替えてください」信長は心の中で、(現場の働く人間が悪いわけではない。こいつのリーダーシップがなってないからだ)と感じた。そこで、木下藤吉郎を呼んで、「おまえが工事奉行になれ」と命じて、その工事奉行を更迭した。
台風で壊れた石垣の修理を命じられた木下藤吉郎は、労働に従事する部下百人を集め、まず、一杯酒を飲ませた。このあたりは藤吉郎のいつもの手だ。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人を「天下人」という。しかし、同じ天下人であっても、三人の時代と歴史に対する役割は違った。
- 信長・・・古い価値観を破壊する。
- 秀吉・・・新しい価値観による日本社会を建設する。
- 家康・・・二人の先輩が出現させた社会を、長期的に維持管理する。
木下藤吉郎が、まず働く人間を集めて酒盛りを開いたのは、このやる気起こしに火をつけるためだった。少し酒がまわってくると、藤吉郎は、だれともなく部下にきいた。
「なぜ、おまえたちは石垣の修復に力を入れないのだ?」部下の一人がこう答えた。
「今、何のために石垣の修理を急がなければならないか、理由かよくわからないからです。前の工事奉行に理由をきくと、生意気なことをいうなと怒られ、トップの信長様が直せといっているのだからさっさと仕事をしろと怒鳴るのです。これでは、仕事をする気になれません」
藤吉郎は別な男にきいたが、答えは同じだった。(この連中は、仕事の目的を全く掴んでいない。自分たちが何のために石垣の修理をさせられるのか、まったくわかっていないのだ)そう感じた藤吉郎はこういった。
「いまがどんな時代であるかは、おまえたちもよく知っているはずだ。石垣の一部か崩れたという情報は、この清洲城に隙があれば、攻め込もうと待ちかまえている敵にすぐ伝わる。もし、敵が石垣の崩れたところから侵入して城に火をつけたら、この城の中に住んでいるおまえたちの家族も全部犠牲になってしまう。石垣を直すということは、織田信長様のためだけではない。おまえたちの家族を守るためでもあるのだ」
皆は黙ってお互いに顔を見合わせた。しかし、やがてその目が輝き出しか。納得したらしい。部下たちはいっせいに藤吉郎に向かってうなずいた。
「よくわかりました。で、どんな仕事のやり方をすればいいのですか?前の工事奉行からは何の指示もなく、ただ早くしろ、急げと怒鳴るばかりでした」
藤吉郎はうなずいて、こういった。「おまえたちの人数は百人いる。そこで、十人ずつの組をつくれ。十組になるはずだ」
「でも、だれとだれが組めばいいのですか?中にはお互いに気の合わない者もいます。嫌いな者同士が組んでも仕事がうまくいきません」
「そのとおりだ。だから、だれとだれか組むかはおまえたちが決めろ。俺は口を出さない」皆、いっせいにブーイングの声を立てた。「そんな無責任な!!」という声もあがった。藤吉郎は首を横に振った。
「決して無責任ではない。これが俺の仕事はじめだ。だれとだれが組むかはおまえたちが決める。俺はそれを尊重する。そして俺が仕事を命ずるのはそれぞれの組だ。おまえたち一人一人の個人ではない」はじめて聞く論法なので、部下たちは何が何だかわからなくなった。しかし、藤吉郎はニコニコ笑っていた。