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「十人ずつ一組になれ。自分が仕事を頼むのはその組であって、個人ではない」という木下藤吉郎の言葉は、そのまま、「仕事というのは組織が行うのであって、個人が勝手なことをするのではない」ということだ。
この段階で、藤吉郎はすでに、「チームワークの大切さ」を提起している。何だかんだとブツブツいいながら、いろいろな話し合いが行われ、ついに百人の部下は十の組をつくって藤吉郎のところに報告に来た。
藤吉郎は、「では、そのまま酒盛りを続けろ。俺は仕事がある」といって、その場から去った。しかし、家に戻ったわけではない。石垣が崩れたところに行って、丹念にその場所の点検をし、縄を使って崩れたところを十ヵ所に分けた。酒盛りを行っているはずの部下たちが来て、代表がきいた。
「お頭は何をしているのですか?」藤吉郎は苦笑してこう答えた。「おまえたちが自分たちの意思によってつくった十の組に、それぞれ1ヵ所ずつ工事個所を預けようと思う。そのために崩れた場所を十ヵ所に分けていたのだ」他の者がきいた。
「では、われわれ各組は、それぞれ1ヵ所ずつを修復すればいいということですか?」「そうだ。十の組はそれぞれ競争しろ。一番早く修理が終わった組には、信長様から褒美をもらってやる」部下たちは驚いた。というのは、当時の信長はダンプカーのようなトップリーダーで、自分だけ馬に乗ってどんどん前に進む。追いつく者だけを相手にし、追いつけない者は見捨ててしまう。
つまり、中世以来、日本に巣くっている古い価値観を壊すには、それくらい思いきったリーダーシップを発揮しなければだめだ、という考えをもっていた。
「そんな信長様が、褒美など出すはずがない」と皆思っていた。藤吉郎はそんな気持ちを十分知ったうえで、「今夜はもう帰って寝ろ。明日からは一所懸命働いてもらわなければならないからな」といった。しかし、部下たちは帰らなかった。彼等は新しい経験をしていた。
「木下さんは面白いリーダーだ」「発想が変わっている。やり方も新しい」「俺たちは何のために石垣の修理を急ぐのか、その理由をよく理解した。家族のためだと思えば、仕事にもはげみが出る」「今夜このまま帰っても、落ち着いて寝られない。どこかの組が抜けがけをしないかと心配だ。それならいっそのこと、今晩から工事を進めたほうがいい」しまいにはそんな声まであかった。
翌朝、藤吉郎がやってきたときには、石垣は完全に直っていた。喜んだ藤吉郎はきいた。「よくやった!しかし、十に分けた工事個所を、よくそれぞれの組が分担したな?」部下たちは一斉に答えた。「皆で話し合いました」「立派だ」藤吉郎は褒めたたえた。
そして、一番早く工事が終わった組の代表に、用意してきた金の袋を渡した。「信長様からの褒美だ」「わぁ!」と喜びの声がわいた。藤吉郎は約束を守った。昨夜のうちに信長に話して、「もしご都合か悪ければ、私がお立て替えします」とまでいって、褒美を強要したのである。
この藤吉郎の部下のやる気起こしは、彼が生涯貫いたものだ。かれは、「個人にやる気を起こさせ、それを組織する。つまり、個人のやる気を集めれば、組織としてのやる気が盛り上がる」と信じていたのである。